今や科学万能の時代ですが、お酒の香りや味については科学ではなかなか測り切れません。人間の嗅覚や味覚はなかなか奥深く神秘的なようです。私は、音楽や美術を楽しむように、皆さん一人一人に自らの感性できき酒をしていただき、お酒の美味しさを楽しんでいただきたい。そして、自分の探し当てた美味しいお酒を様々な場面で登場させ、多くの方に薦めていただければ人生の楽しさもきっと倍増するはず、ぜひ、きき酒に挑戦していただきたいと思います。
 さて、きき酒上手になるコツは、何より「きき酒」を積み重ねること。宴会でも、コンパでも、毎日の晩酌でも結構ですから、最初の一杯だけは意識して「きき酒」をしましょう。そしてそのお酒の美味しさを、貴方なりの言葉で声に出して表現して下さい。簡単でしょ。この「きき酒トレーニング」を何ヶ月か実践すれば、きっと貴方も酒席で頼りにされる"きき酒通"になること請け合いです。では、さっそく私のきき酒教室を始めまし
ょう。
   お酒には分かっているだけで数千種類もの成分が含まれていますから、その香りや味は極めて複雑です。それに加えて、きき酒する人間のほうにもそれぞれの香りや味を感じる力に個人差がありますから、お酒の香りや味について互いに理解し合うのは容易ではありません。
 例えば、ダイアセチルという成分に由来する「火落臭」という臭いがあるんですが、日本では一様に嫌われるのに、ヨーロッパでは「豊かで良い香り」と評価されています。そんな状況ですから、酒の香味を表現する「きき酒用語」も多岐にわたっています。「吟醸香」「老ねか」「酵母臭」「日光臭」「さばけが良い」「ふくらみがある」「若い」・・・。でも、そんな専門用語は知らなくても構いません。皆さんは自分なりの言葉でその感覚を表現して下さい。どうしても「きき酒用語で」という方は、機会がある度に私たちプロに確認して下さい。とにかく大切なのは、感じた香味を自分の感覚で正確に記録すること。音楽にたとえるなら、聴いた音を正しく楽譜に書き込む作業なのです。
 きき酒の最終目標は『何回やっても同じ答えになること(再現性)』と『比較の優劣だけでなく、1本でも酒の優劣ができること(客観性)』。貴方なりの言葉で、貴方が最良と感じられるお酒を求めて、ドンドンきき酒してゆきましょ
う。
  日本酒の香りや味は実にデリケート。整髪料や香水などの強い香り、そして口紅や香辛料など味を攪乱させる要因は、そんなデリケートな感覚を探るのには大きな妨げになります。きき酒をする際には控えるようにしましょう。そしてもちろん、きき酒中は「禁煙」です。終わってからゆっくりと一服してくださいね。
   きき酒するお酒の温度は「何を判定するのか」という目的によって異なりますが、「実際に飲む時の美味しさを判定する」のですから実際に飲む温度で行いましょう。もちろん冷やしても、常温でも、燗でも構いません。「味覚は20℃で最も鋭敏に働く」といわれますが、これを知識として踏まえ、皆さんの好きな温度できき酒してください。ちなみに、大吟醸原酒・天平は冷蔵庫で充分冷やしてくださいね。
   まずは、きれいに水洗い。もし、油気がついた時には中性洗剤で洗ってから、水洗いをしてください。そして埃らない涼しいところで上に向けて自然乾燥させましょう。その時、周辺にあるものから移り香しないようにご注意を。フキンで拭くと小さな糸切れがついたり、香りが移ったりしますから避けましょう。きき酒の直前に水で洗っていただいても結構です。その場合はよく猪口を振り、水を切ってから使いましょう。
  始めに注意。お酒の香味は変化しやすいものです。「注いだ後、残りのお酒にはすぐに封をする。」これを習慣づけて少しでも品質の劣化を防ぎましょう。
 では、きき猪口にお酒を7分目まで入れて下さい。まずはお酒の「色とサエ」を確認します。きき猪口の中にある紺色の二重輪は「蛇の目」と呼ばれ、酒の色を引き立たせて分かりやすくしています。ちなみに、天平は大吟醸原酒ならではの淡い琥珀色。お酒の着色が進むのは、鉄分・日光・熟成(保管の温度や時間)が3要因なのですが、着色がひどいと味や香りにも影響がありますのでよくご確認を。同時にサエ(清澄さ)も確認して下さい。濁りがある場合は(新酒や濁り酒など明確な理由がある場合は差し支えありません)「問題あり」です。すぐメーカーなどにお問い合わせ下さい。

   お酒には注いだときに猪口から自然に立ってくる香りがあります。例えば吟醸香の一つ「バナナのような香り(酢酸イソアミル)」もその一つです。これを「立ち香」と呼びます。きき猪口を手にもち、そっと鼻に近づけて香りを確認して下さい。
 ちなみに「立ち香」はとても微妙な感覚です。繰り返し確認しようとすると、すぐに嗅覚が疲労して分からなくなりますから「一度確認」が原則です。でも、もし分からなくなったら、酒をはずして数回鼻で深呼吸してから再トライして下さい。

  味は舌で感じますが、舌のどこでも同じように味を感じるわけではありません。右図のように舌の位置によって甘酸辛苦の鋭敏度が違いますから、お酒を素早く口の中全体に行き渡らせて味を調べて下さい。口に含む量は4〜5mlがピッタリですが、この量は皆さんが思っているより少量です。どちらかといえば、あまり多く含まないようにご注意を。そして、ゆっくりと(約5〜10秒)味を確認しましょう。突出した味を感じさせないバランスのとれた味わいが良い酒の条件です。
   お酒を口中に広げて味を確認しながら、鼻で息をしてみて下さい。「含み香」が感じられるはずです。香りには先ほどの「立ち香」とは別に、口に含んで広がる「含み香」があり、これは持続性のある香りです。大吟醸原酒・天平には爽やかな果実のような吟醸の含み香があります。
   私達プロはきき酒を終えると口に含んだお酒を吐き出します。これは多数(多いときには150点を超えます)のきき酒をこなす時などに、酔って判断を狂わせないようにするためです。飲んでもよい状況なら、もちろん飲んだ方が香りや味はずっと分かりやすいんです。美味しいお酒、もったいないじゃないですか。皆さんは肴との相性も研究しながらゆっくりときき酒を楽しんで下さい。オッと、その前に最後のチェック。お酒を飲み込んだ後、美味しさが口中にジワッと残り、スーと消えていく適度な「後味」があることを確認しましょう。
 
香り 吟醸香 (ぎんじょうか)
吟醸酒独特の果実様の芳香
老ねか(ひねか) 時間経過や熟成とともに生じる熟成臭
酵母臭 (こうぼしゅう) 米糠あるいはビタミンのような臭い
日光臭 (にっこうしゅう) 光を受けて生じるけもののような臭い
紙 臭 (かみしゅう) 紙パックなどにある紙のザラザラした臭い
火落臭(ひおちしゅう) 腐敗臭で炊飯米が痛んだときの臭い
古米臭 (こまいしゅう) 古米を使った時に出る青海苔のような臭い
漬物臭 (つけものしゅう) ぬかみそに漬けた漬け物の臭い
味  さばけが良い
ハキ後の味がスッキリして軽快である   
ふくらみがある 味が調和し口中で滑らかに感じる
若 い 熟成不足でおだやかな丸みがない
きれい 口に含んだ時になめらか
ごくみ 酒が濃醇でコクがある
雑味がある (ざつみ)    不快な味、あらさを与える味がある
さびしい 水っぽく全体的に味が不足している
だれた 酸味が少なく味にしまりがない
 
  最近はお酒屋さんやイベント会場などで試飲するチャンスも増えましたし、日本酒が大好きな貴方ですから、きっと仲間と飲む機会も多いはず。そんな時、日本一の私にきき酒を習ったんですから、堂々と自信をもって意見をおっしゃってください。でも、・・・アレ、みんなの意見と全然違う雰囲気。『え、そんなはずは?!』と思ってしまうことがあるかもしれません。実は、きき酒には「人間であるがゆえに起こってしまういろんな落とし穴」があるんです。最後にそのことをお教えします。知っていれば、余裕が違うはずですよ。  
     
 
順番の落とし穴
たとえばAとBのお酒があり「どちらが甘いですか」という質問。この時A、Bと順にきき酒をすると「先にきいたAより、後からきくBのお酒をなんとなく甘く感じる」ということがよくあります。一般に「あまり差がないものを比較する場合、その本質とは無関係に後者を過大評価する傾向」があり、これが順番の落とし穴です。実は、私たちプロは日頃から意識的にきく順番を変えるなどして、この落とし穴に落ちないように努力しているんです。
 
     
 
符号の落とし穴
仲間どうしで吟醸酒を持ち寄った「きき酒&お酒を味わう会」でのできごと。1〜5まで番号をふった猪口にお酒を注いで「どの酒が一番か!」を決めることになりました。長嶋ファンのAさんは慎重にきき酒をしましたが、悩んだ末「よくわからないなあ」といって大好きな番号の3番を選びました。これが符号の落とし穴です。試料につけられた符号に対する好みを無意識のうちに品質の評価にすり替えてしまうことがあります。自分の好みをよ〜く理解して落とし穴からうまく逃れましょう。
 
     
 
色の落とし穴
私たちは日常の生活でいろんな物について、知らず知らずのうちに「自然な関係」を学んでいます。特に「色」と「香味」については関係付けが強く働き、「色が濃いと、香りや味が濃い」ということを無意識のうちに学んでいるのです。仮に、同じ味付けの無色透明のジュースに赤と黄色で着色して、それぞれどんな香りがするかを尋ねると、何人かは必ず「赤はいちごで、黄色はレモンの香り」という答えを返してくるから不思議です。これが色の落とし穴。この落とし穴を避けるにはきき酒の際に目を閉じて意識の中から色を消してしまいましょう。ちなみに、私たちプロは、色の影響を厳密に無視すべきときには琥珀色のグラス(アンバーグラス)を使い酒の色を判別できないようにしてきき酒を行います。
 
     
 
つぶやきの落とし穴
何人かできき酒をしていると、他人の「つぶやき」が耳に入ってくる場合があります。自分が精一杯集中して微妙な判断を下そうとしている時、「このお酒は甘いなあ」というつぶやきがフッと聞こえると、さあ大変。意識の内側で「このお酒は甘いんだ」という印象を繰り返し受けることになります。これがつぶやきの落とし穴。自信がないときには、ことさら影響されます。私のきき酒選手権の経験からいっても他人のつぶやきに影響されたときほど成績は奮いませんでした。でも落ち着いて下さい。きき酒はあくまで信念。貴方自身の舌と鼻を信じましょう。
 
  『皆さん、どうもお疲れさまでした。以上で私のきき酒教室も無事終了です。近いうちに、きき酒上手の皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。では、それまで、頑張って下さいね!』